瀬戸國勝 Kunikatsu Seto

イロ カタチ ジカン

[ 漆美探求 ] 漆の美の、その奥にあるもの

[ イロ ]

漆黒という言葉があります。漆塗りのどこまでも深く艶やかな黒を指しますが、この黒ひとつとっても漆作家ごとのこだわりの黒があるわけです。そもそも漆の樹液は乳白色で、すぐに酸化して茶褐色となります。それを精製し顔料などを加え、さまざまな色を出すことができます。私は色漆と錫を使い、金属的な色合いを楽しむ器も数多く作っています。しかし日常使いの器では、極力漆だけを使うようにしています。漆を丁寧に塗り込むことで、十分に美しく、あきれるほど丈夫で長持ちする器ができるからです。黒、朱、褐色などの伝統色は、漆の強さの象徴でもあります。

採取したばかりの漆は乳白色ですが、空気に触れると酸化して茶褐色になります。これを精製して、そこに顔料を加えたり、化学反応させたりすることで、さまざまな色を出すことができます。私も、伝統的な朱や黒だけではつまらないと、これまで36色の色漆(いろうるし)を作り、使ってきました。錫(すず)と色漆を合わせた作品は、特に気に入っています。
伝統的な輪島塗は、特産の珪藻土を地の粉(じのこ)として下地に塗ります。地の粉を使うと器の表情がふくよかになり美しく仕上がるので、私は「ハレの器」を作る際に用いています。けれど日常使いの器の場合、「できるだけ漆以外を使わない」というのが、長年試行錯誤した末の結論です。漆だけを丁寧に塗れば、十分に美しく、あきれるほどに丈夫で長持ちする器ができるのです。
みなさんが漆器を「特別な高級品」と感じるのは、かつての大名や豪商が蒔絵(まきえ)や螺鈿(らでん)などを使った贅沢な器を競うように作らせ、それらが漆器の代表のように扱われた結果だと思います。 しかし元々、漆は木製品の強度を上げ、表面を保護し、耐久性を上げるために使われ始めました。ですからきちんと作られた漆器は、常識的な使い方をしていれば、陶器に負けないくらい長持ちします。木製品なので、さすがに電子レンジにはかけられませんが、その代わり修理や塗り直しもできます。
不思議なことに、漆は時間が経つとツヤが出て、色に深みが出てきます。漆の「イロ」には、未知の魅力がまだまだ眠っています。

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[ カタチ ]

工芸の世界では、「用の美」という言葉を使います。今で言う「機能美」に近く、使用目的を一途に追求することから生まれる造形の妙を表現します。私は師を持たず、名器とされる漆器や陶器から学んできました。それらの大部分は、名もない職人や農民が作った日用品です。素朴な器がなんとも美しいのは、「人の手の感触」から生まれた自然な造形だからでしょう。私も、そんな「作為を越えた、あるがままの器」を目指し、勉強を重ねています。

私が工芸の世界に入るきっかけを作ってくれたのは、能登半島の旧柳田村で作られていた「合鹿椀」(ごうろくわん)です。世界的な陶芸家であるバーナード・リーチ氏が、何の変哲もない古ぼけた合鹿椀を手に取り、ボロボロと涙を流す姿を目にして、衝撃を受けたのです。
以来、私は師を持たず、歴史を越えて現代に残ってきた漆器や陶器を徹底的に研究してきました。良い器に触れて感服するのは、「人の手が作り出した造形の美しさ」です。合鹿椀は、名もない農民が作った日用品です。それがなんとも美しく、理にかなっている。人の手に寄り添う、見事な造形です。人間工学などない時代、人は手ざわりを頼りに形を作っていったのでしょう。これが「用の美」だと、私は歴史に教えられました。
修業時代、韓国の小さな村で、私はひとりの木地師に出会いました。その老人は一切寸法を測らず、漆器の元になる木を無造作に、流れるように削っていきます。結果、できあがった木椀は少しずつ形が違っています。なぜ同じ形にしないのか、私は不思議に思いましたが、やがてハッと気づきました。老人は、年輪の入り方や固さなど、木の特性を瞬時に見極めて加工している。素材を技術でねじ伏せるのでなく、素材に寄り添って削っていたのです。
今、私はあの老人と同じ作り方を実践しています。手のひらの実感を信じ、木地師と相談しながら、ひと椀ごとに異なる加工を施しています。だから私の漆器も、ひとつひとつ微妙に形が異なります。それが正解だと、私は信じています。

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[ ジカン ]

漆器は、時間と共にある道具です。何年もかけて原木を乾かし、数ヶ月がかりで漆を塗ってできあがります。しかし面白いことに、私の手を離れてからも漆器は育ち、変化していきます。使っている間に漆は透明度を増し、ツヤが出てきます。やがて表面の漆が減っていくと、下地の漆が見えてきます。その変化は使う人の個性で異なり、徐々にその人だけの器ができていくのです。「経年美化」を楽しめるのも、暮らしに寄り添う漆器ならでは、です。

ときどき「昔買ったお椀が、こんなふうになりました」と、何十年も前の作品を持参してくださるお客様がいらっしゃいます。作り上げたときとは異なる姿に、我ながら驚かされます。
漆器は、そもそも時間と共にある道具です。原料となる木は年単位で自然乾燥し、数週間かけて木くずで燻し、さらに数ヶ月かけて湿度を戻して、ようやく器に加工されます。ここに漆を塗っていきますが、私は下地固めとして、まず木が欲しがるだけ漆を吸わせます。5回から10回、塗っては乾かし、木と漆が一体となったところで中塗り、上塗りと漆を重ねていきます。漆工程だけで数ヶ月かかります。
けれど、それはまだ「完成」ではないのです。漆は使っている間に透明度を増し、徐々にツヤが出てきます。よく「漆器は剥げて汚くなる」と言う方がいますが、下地からしっかりと作られた漆器は、漆が「剥げる」のでなく、きれいに「減って」いきます。漆が減って下地が見えることを見越した「溜め」という技法があるほどで、たとえば黒漆の下に朱漆の刷毛目をつけておき、5年10年後にその模様が見えてくるのを楽しむ為の器もあります。
珠洲市にある、床や柱まで漆で塗った個性的な宿「湯宿さか本」に納めた漆器は、30年経っても修理の依頼が来ません。当初、主人の坂本さんは「瀬戸さんの漆器は、良いけど高くて」と言っていましたが、今は「30年も使えたら安すぎるくらいだね」と笑い合っています。
漆器は、暮らしと共に年を重ね、「経年美化」する道具です。ぜひ末永く愛用ください。

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